2012/07/14 (Sat) 仙台に残る昭和 レトロと言う言葉はちょっとやなのよ。

若かった頃は、それほどまでに路地や小路に興味はありませんでしが、思い返してみると仙台の街の中には楽しい路地や横丁が多かったような気がします。区画整理などの影響で、そういう場所は少なくなっているのですが、今でもちょっとぶらぶらしただけで何か所か見つけることができます。

最初にををっ!と思ったのが「仙台銀座」銀座って名づけられているのだから華やかな通りかと思いきやそうでもないです。50メートルくらいの小路に飲食店がひしめきあっています。
2012_07_14翠松亭 (1)
ひしめき合ってる割には活気は感じられません。近くの仙台朝市と共に戦後の混乱期に飲食店が形成されたようなのですが、最近はほとんどが国分町あたりに移動してしまって、取り残されているような感じ。でも、この全く観光っぽくない地元の人しか知りませんよという風情が好きです。

夜、牛鍋を食べた後にお腹がいっぱいだったので、腹ごなしに夜の仙台をぶらぶら。仙台の中心部と言えば、中央通りと一番町。アーケードがある長いショッピング街です。
2012_07_14一番町どおり (1)
この辺りは一番町の東側。まだまっすぐ通り抜けると東北大学のキャンパスです。
2012_07_14一番町どおり (2)
ここが「文化横丁」。店は入れ替わっているものの雰囲気は変わっていません。この辺りは学生さんたちも来る場所です。わたしが一番行っていた横丁は、「いろは横丁」 区画整理でなくなる・・なくなると言われ続けていましたが、どっこいまだあります。
2012_07_14一番町どおり (4)
サンモール一番町から南光院丁へ抜ける細い横丁です。小さなお店が並んでいますが、揃えて作られたものではないようで良く見るとでこぼこしています。表面上はちゃんと並んでいるように見えるんですけどね。壱弐参横丁というのは後からつけられた名前。仙台市青葉区一番町二丁目三番という住所が由来です。
2012_07_14一番町どおり (5)
お店はずいぶんと入れ替わっています。昔ながら・・のような飲み屋もありますが、若い人向けのオシャレなバーだとか小物屋さん、カフェもかなりあります。昼と夜とはちょっと風情が違うかも。
2012_07_14一番町どおり (6)
こんな店はいつからあったのでしょうか・・・。
昭和20年7月10日の「仙台空襲」によって焼け野原になった仙台でもござをひいて商売をする人が仙台駅前や一番町周辺でたくさんいたそうです。その露天商に声をかけて市場を作ろうということになり、いろば横丁の前身である「中央公設市場」が誕生したそうです。 → 参考

老朽化がすすみ立ち退きや再開発の話は私が仙台にいた頃から出ていました。実際お隣の土地は買収されて、今は更地となり駐車場になっています。
2012_07_14一番町どおり (3)
火事なんか出たら大変だ・・・と思う反面、こんな横丁がなくなっていくのはイヤです。なんとか対策を練りながら生き残っていってほしいものです。

歩き回りましたがちっともお腹が減らないので、おとなしくホテルへ帰って明日に備えることにしました。もっと食べたいものがあったのにぃ・・・・・



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海塩みかん

Author:海塩みかん
年齢不詳を目指す器用貧乏。普通の会社員、たまに添乗員。
食べ物には異常な執着がある(ということを最近知った。)物覚えが非常に悪いが、行ったことのない場所でも美味しそうだ!と思えば記憶できる。地理は苦手だけれど、食べ物屋さん中心に覚える。
チェーン店よりも個人で営む店が好き。美味しいか美味しくないかには、誰が作ってくれるのか?その人が好きか?好きじゃないか?がかなりの割合で加味されています。
年齢不詳を目指しているため、突如として美容に興味を持ったりするが続かない。

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